第012話 空の花
来賓全員への挨拶が終わるとアランより退出を求められた。
「あの……もうよろしいのでしょうか」
「はい。明日から忙しくなりますので、本日はこれで退出となります」
声を落とし、アランがそう伝えると、僅かにエリー王女の肩が下がった。
「エリー様」
アランの嗜めるような声にエリー王女はまた背筋を伸ばす。ホール内には多くの来賓で華やかな宴が続いていた。何処で誰が見ているのか分からない。ホールを出るまではと身を引き締め、王女として最後まで笑顔を絶やさずゆっくりと退出した。
「お疲れ様です、エリー様」
ホールを出るとレイがにこやかな表情で待っていた。エリー王女はレイに会えたことは嬉しかったが、やはり男の姿では緊張してしまい、ぎこちない笑顔だけで応えた。
「あはは。相変わらずダメなんだね。まぁいいや。次は俺の番ね! 今度は俺に付いてきて?」
レイはアランと軽く挨拶を交わすと自然にエリー王女の手を取った。
「ぁ、あの……」
赤く頬を染めたエリー王女には気が付かず、レイはそのままエリー王女を引っ張り歩き始めた。女性だったレイの時はずっと手を繋いだり、腕を組んだりしても何も感じなかったが、かくばった大きな手のひらに包まれると意識せずにはいられない。
このような場合は「無礼であること」を伝えて、手を離すべきなのだろうか?
しかし、エリー王女はそうはしなかった。恥ずかしさはあったが、嫌な気持ちではない。レイの後ろ姿を見つめ、このままでいることにした。
しばらく進むと螺旋階段の前でレイが立ち止まり、後ろを振り返った。エリー王女を下から上へと眺めながら何かを考えている様子。レイに見つめられてドキドキしていると「ちょっとごめんね」という声と共に視界が傾いた。
「きゃっ!」
レイは、エリー王女を横抱きにしたのだ。あまりにも急だっため、エリー王女は思わずレイの首にしがみついてしまう。
「そうそう、そうやっていてくれると楽だな。エリー様のドレスじゃ、この階段はきついからこのまま上っていくね」
エリー王女が驚いて何も言えずにいると、そのまま軽々と階段を上っていった。エリー王女は何もできず、ただレイに必死にしがみついていた。レイのふわふわの髪が頬に当たり、胸がドキドキと鳴り響く。胸の振動が伝わってしまうのではないかと、エリー王女は恥ずかしくて仕方がなかった。
暫く経つがなかなか着かない。かなりの高さがあるのだろう。さすがのレイも疲れた様子だったので、エリー王女は何度も自分で歩くと伝えた。しかし、レイは頑なに拒否し続けた。
なんとか上りきり、エリー王女を下ろすとレイは床に腰を下ろした。
「着いたぁ~!」
「あ、ありがとうございました……」
エリー王女が心配そうにレイを覗きこむとレイがへらっと笑う。
「ううん、俺が連れてきたかっただけだから。それより外を見てみて」
レイが指差した先へ進み、外を見る。そこは、城の見張り用に作られた展望塔で360度景色を見渡せた。
「わぁ……すごい……」
辺りはすっかり暗くなっていて街の灯りが輝いて見えた。
「良い景色でしょ? でもね、これだけじゃないんだよ。多分そろそろ……」
いつの間にか隣に立ったレイを見ると、意外と近い位置に顔があった。心臓が勢いよく跳ね、すぐに視線を反らした。レイの側にいると何故だか落ち着かない気持ちになる。そんな気持ちを隠すように遠くを眺めていると、急に大きな音と共に目の前に大きな大輪の花が咲いた。
「キャー!」
驚いたエリー王女はレイに抱きつく。
「大丈夫だよ、エリー様。これは花火っていうものなんだ。火薬を使って空に花を咲かせるだけのものなんだって」
恐る恐る目を開けると、横からまた大輪の花が大きな音と共に花開く。
「はなび……ですか……。初めて見たので驚きました。でも、とても美しいです……」
「これはエリー様の十八歳の誕生日を記念してローンズから贈られてきたものなんだよ」
エリー王女は返事もせず、レイに抱きついたままの姿勢でしばらくの間花火に見入っていた。レイは体を離すのもどうかと思い、左手を腰に回したまま一緒に花火を眺める。
ただ、あまりにもエリー王女が微動だにしなかったため、どんな風に見ているのかレイは気になり始めた。
こっそり表情を伺うため、少し体をずらして覗き見る。
大砲のような音が鳴り響き、花火の光と共にエリー王女の瞳がキラキラと輝く。
レイはその瞳に釘付けになった。
視線に気付いたエリー王女が視線を上げると、レイの顔が間近にあり、息を飲んだ。
レイもまた花火の光を浴び、整った顔立ちに男らしさと色気が加わり、エリー王女も目が離せなくなってしまう。
二人の時が止まった――――。
あれほど大きく鳴り響いていた音が耳から消えて無くなり、吸い寄せられるように二人の顔が近付いていく……。
しかし、レイが我に返りエリー王女から慌てて離れた。
「は、花火はどうだった?」
ははは。と笑うレイにエリー王女も我に返り俯いた。顔に熱が集まる。
「あの……とても素晴らしかったです。ローンズのリアム陛下にお礼をお伝えしないとですね……」
お互いに先ほどの出来事はなかったかのように会話を始めた。しかし心臓は早鐘は止まらない。いつの間にか花火も終わり、二人の赤く染まった頬は、暗闇が隠してくれていた。